JR東京駅から西に少し歩けば辿り着く皇居。今のような皇居のかたちになったのは首都が東京になった明治時代以降で、江戸時代はずっと徳川幕府の拠点として歴代徳川家の居城であった江戸城があり、今も櫓や石積み等が残っており、江戸時代の片鱗を見ることができます。
江戸城跡の敷地はかなり大きく、主に皇居エリア(入場不可)、外苑エリア、東御苑エリア、北の丸公園エリアの4つに分かれます。
まずは外苑エリア。このエリアはかなり広く開放的で、皇居前に砂利の敷地と芝生と松の敷地に自由に散策でき、その外側には丸の内の高層ビル群が競うように立っています。
外苑から見える巽櫓。
外苑にある江戸城跡の案内板。
外苑に凛と立つ楠正成像。楠正成自体は東京・江戸城に何のゆかりもないですが、何でも南北朝時代に天皇に忠義を尽くして戦ったことからこの皇居の前に銅像が立っているそうです。しかしこの銅像、皇居前にあるだけにかなり勇ましく立派でカッコいいです。
皇居外苑から見える二重橋は、皇居の撮影スポットとなっています。
桜田門
外苑の南側の入口にある桜田門。幕末、攘夷派を弾圧(安政の大獄)した大老・井伊直弼が逆に攘夷派に暗殺した歴史的事件、いわゆる桜田門外の変の現場がここです。それ故か、この桜田門のすぐ前には警視庁がそびえ立っています。
ちなみに桜田門の東側の堀には城らしい石積みがありますが、西側には石積みがなく緑の斜面になっています。これは徳川の江戸城時代、当時天皇がいた京都のある方向の西側には壁をつくらないという意図で、敢えて石積みにしなかったそうです。
外苑の北側、皇居の東側には一般の人も入れる東御苑があり、ここに江戸城時代の天守台跡もあります。
皇居・東御苑の北側にある公園が北の丸公園で、日本武道館や吉田茂の銅像があります。
科学技術館から南に行き高速道路をくぐると、東京国立近代美術館があります。
北の丸公園の南側の入口の付近に、北白川宮能久親王という人の勇ましい騎馬像が立っています。
この人は幕末~明治期の皇族でありながら、戊辰戦争や日清戦争後の台湾出征に参加した軍人だそうです。
北白川宮能久親王像の横にはレンガ造りのレトロでお洒落な建物があります。
この建物は戦時中は近衛師団司令部庁舎として利用されていた建物で、「日本のいちばん長い日」で小説・映画化された宮城事件の舞台としても有名です。今は東京国立近代美術館工芸館となっています。
北白川宮能久親王像付近から高速道路を挟んだ正面には、北側からの皇居への入口である乾門があります。
また乾門から南西側にぐるりと回ると、西側からの皇居への入口である半蔵門があります。
この半蔵門は、徳川幕府の江戸城時代、後に忍者として有名になる徳川家の家来・服部半蔵が警備していたことからその名が付いたと言われています。
半蔵門付近から見た南東側の景色。緑に囲まれた大きな堀の向こうに官公庁が集中する霞が関が見えます。