五稜郭

 五稜郭はもともと函館を開港した際、外敵に対する防御力を高めるために1866年に築造されました。
 しかし実際ここで海外の軍隊と交えたことはなく、幕末の戊辰戦争という内戦の最後の舞台となり、ここには旧幕府軍の榎本武揚や 大鳥圭介、土方歳三らによる函館政権が樹立され、新幕府軍に対し徹底抗戦しました。
 その交戦も空しく旧幕府軍は敗北、新政府による明治時代の幕開けと共に函館政権も潰れました。
 五稜郭の内部は今はすっかり緑の綺麗な公園となり、2010年には函館奉行所も復元されました。 春は桜がとても綺麗だそうです。

五稜郭の入口
五稜郭の入口

函館戦争供養塔

 五稜郭の入口には函館戦争の供養塔が立っています。

函館戦争供養塔
函館戦争供養塔

五稜郭内部

 五稜郭の内部は、今はすっかり緑の綺麗な公園となり、2010年には函館奉行所も復元されました(訪れたときはまだ建設中でした;)。 春は桜がとても綺麗だそうです。

武田斐三郎先生顕彰碑

 五稜郭内部には、五稜郭の設計者で洋軍学者である武田斐三郎の碑があります。

 武田斐三郎は愛媛の大洲藩出身で、大阪の適塾で緒方洪庵に医学を学び、その後佐久間象山に兵学を学んだそうです。
 顔の部分が光っているのは、「この顔を触ったら頭が良くなる」という噂が広まり、なでまわされたかららしいです; 

武田斐三郎先生顕彰碑
武田斐三郎先生顕彰碑